• くろ

告知文(第一回目)『独学大全〜』読書会

更新日:1月24日

先日、サイト「大学授業一歩前」https://note.com/university1step


へ寄稿する機会があった。


そのなかの「学ぶ意義」について述べた箇所を、手前味噌だが引用してみたい。


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Q:自身にとっての学ぶ意義を教えてください。

A:自分にとっては、とにかく「愉しいこと」なんです。

  何かを知る。

  分からなかったことが理解できてくる。

  すると事柄同士のつながりが見えてくる。

  さらに専門家の話を聴けば、

  よくは分からないけれど物凄い世界があることだけは把握できる。


  それらは全て「ワクワクドキドキするような愉しいこと」なんです。


  だから「学びとは遊び」そのものですし、

  「こういうことが分かる人になりたい」という憧れに

  近づいていく過程でもあるんです。

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​そう。

私自身は浅学非才の身でありながらも、

まるで禁断の実を噛じったアダムとイブのごとく、

「学ぶことの愉しさ」だけは知ってしまった・・・。


そのため好奇心だけが先走り、

いろいろな分野を浅く食い散らかすだけ。

いまだ単なる物好きの一人でしかない・・・。


​それでもやはり、思うのだ。

「学ぶこと」は「ワクワクするような愉しいこと」だと。

「こういうことが分かる人になりたい」という憧れへの接近が、「学び」であると。

そして周囲の環境は異なれど、「学び」を志す全ての人が「独学者」であるのだと。


ここで著者の読書猿さんは「独学者」について、以下のように述べている。

「独学者とは、学ぶ機会も条件も与えられないうちに、

自ら学びの中に飛び込む人である。」​

(当課題本、P8より。 以下、同書からの引用はページ数のみ記載)


「学び」という大海原に勇ましく出航しようとする姿が目に浮かぶではないか。


だが、こうも指摘している。

「独学者の行く道はいつも平坦なものではない。」(P8)

「挫折・中断しがち」(P9)

「ほとんど常に吹く周囲からの逆風」(P11)

「絶えず湧き上がる怠け心」(P11)

「吹き消されそうなモチベーション」(P11)


(しつこいようだが)これらはまるで、楽園を追放された後、

生活のために悪銭苦闘するようになったアダムとイブの姿ではないか。

(厳密には先ほどとは別の喩えで、「学ぼうと志した初期=楽園」という見立て)


​とは言うものの、さすがは読書猿さん。

ちゃんと解決策も教えてくれている。


それは、いわゆる「二重過程説」をもとにした

認知的・非認知的スキルについての考察箇所である。

(便宜上、社会レベルと個人レベルの話を分けないで引用する)


「環境をデザインすることで、システム1を誘導することができる。

システム2は、(中略)環境を再デザインし、

間接的ならばシステム1をコントロールできる。」(P15〜P16)


「生物が周囲の環境に働きかけ、自分に都合がよいように環境を改変することを

ニッチ構築と呼ぶ。」(P18)


「ヒトのニッチ構築の最も際立った特徴は、(中略)認知的なものでもあったこと」(P18)


「我々はただ脳みそのみで思考するのではなく、

外部環境にあるこれら外部足場と協同しながら思考し行動している。」(P29)


「外部足場(Scaffold)に助けられることで、認知的にも非認知的にも、

自身の能力を向上させることができる。」(P30)


以上をまとめれば、次のようになるのではないか。


「独学者は、(学習環境をデザインしていくことで)認知的・非認知的サポートを、

自前で用意する必要がある」と。

(P26、L9〜L10をもとに編集)


ここまで、学習環境デザインの必要性について述べてみた。

それを踏まえて、奥池袋読書会から皆さんへの提案がある。


それは、学習環境のデザイン。

それを、みんなで力を合わせてデザインしていった方が、挫折しにくくなるのでないかと。

(ミナカ先生風に言えば、「悲運多数死」を減らせるのではないかと)


もちろん学ぶのは個人なので、正確には、独りでする学習環境のデザイン

(=紹介された各技法)とみんなでする学習環境のデザイン。

この両者の併存を図ろうという提案になる。


まず独りでもできる技法については、この課題本で学んでいきたい。

今回の読書会が大いに力を発揮してくれることだろう。


そこからさらに一歩進めて、

みんなで「学びのニッチ構築」をしていきませんかと。

みんなで「学びの外部足場(Scaffold)」を作っていきませんかと。


つまり、「みんなで学んでいくコミュニティー」も、我々の手で作っていきませんかと。

「みんなでアイデアを出し合い、みんなで役割を担い、みんなで励まし合う」。

そのような自然にギブし合うような互酬的な学習環境を、

みんなでデザインしていきませんかと。


そして、「能力向上にお金を払う」や「学びを商業ベースに捉え消費しちゃう」。

「結果を出さなければ意味がない」や「コスパ重視」。

そんな行き過ぎた能力主義のような価値観からは距離を取り、

ただ純粋に「学びを愉しんでいくコミュニティーを、

みんなの手でコ・デザインし続けていこう」と。


以上をまとめれば、

紹介されている各技法についても話し合う。

そして、みんなで学習環境を構築できないかという点についても、

今回のシリーズ読書会で話し合いたいと考えている。



というわけで、まとめに入ろう。


当課題本には、「会読」という技法が取り上げられている。

そこで指摘されているように、会読は挫折を防ぐ。

さらに読み終えた後にも続く知的共同体は、学習環境そのものである。

個と場の相互作用こそが認知の基本。


「天才バカボン」のパパみたいな言い方(語尾だけ)をすれば、

『独学大全〜』の精神(独学は孤学にあらず)を、

個人レベルだけにとどめておくのは非常にもったいないのだ。


「ウナギイヌ」(父がイヌで母がウナギという異種混合生物)を見るのだ。

(個と場という)異なる要素がミックスしていくと、何かが生まれるのだ。


そして挫折をしても次のセリフを言って、また再開すればいい。

「失敗の失敗は成功なのだ。だから、これでいいのだ!」





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