• くろ

シンプル抜書きノート「学者の講義本に熱い視線」

・かつては、オピニオンリーダーの頭目は活字文化人だった。

 ラジオ文化人やテレビ文化人はどんなに人気があっても二流文化人扱いだった。

 大宅壮一や藤原弘達は活字文化人として頭角をあらわし、ラジオやテレビに流れ込んだ。


     →今回の抜書きは、2010年の新聞記事から。

      10年以上前はまだテレビの影響力が強く、ある種の感慨を覚えてしまう。

       ここでは、「ラジオ文化人」や「テレビ文化人」を「ユーチューバー」や   

      「インフルエンサー」と読み替えてみると分かりやすいだろう。





・しかし、活字文化人への話芸への期待は、不思議というわけではない。

 もともと知識人はソクラテスやソフィストがそうであったように喋る知識人であった。

 グーテンベルク(印刷)革命によって、

 喋らない文筆(だけの)知識人があらわれたにすぎない。


      →リベラルアーツは「知識」と「弁論」の2要素から成り立つ





・活字文化人が喋る文化人としても魅力のある存在になることで、

 活字文化は再び勢いを取り戻すことができる



      →同意。この意味で、ゲンロンカフェの存在は貴重。

       (うちが参加費無料にしているのは、

       「こういうものにもお金を使ってね」というメッセージでもある)

      

      →あくまでも体感だが、何かを学ぶ際、

       「文字媒体」ではなく、

       You Tubeなどの「解説動画」で済まそうとする人が

       かなり多い印象。

      

       つまり、本や新聞などの紙媒体だけでなく、

       ネット空間に存在している「あらゆる文字媒体」自体が、

       すでに多くの人に避けられているのではないかと・・・。


      →(もはや死語かもしれないが)知識人と言われる方々は、

        You Tubeなどに積極的に進出すべきなのではないだろうか。

        そして「読書全般」について発信していかないと、

        マズイのではないか。


      →知識人の書いたものを楽しめる。そこから、新しい魅力を発見する。

       そして、それを共有し合い、仲間と同期し合う。

       そのような「ファン層」も増やしていかないとマズイと考えている。

      


(注)出典:日本経済新聞 「今を読み解く」竹内 洋、2010年10月10日より





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