• 灰丸

シンプル抜書きノート「運命から自身を解放するために 独学のススメ」読書猿

・心理学的な事実として、モチベーションは「近接因」に、

 つまり直接与えられる刺激に支えられなくてはなりません。

 例えば、いい学校や会社に入るといった目標が当然視される家族や集団では、

 行動にせよ思考にせよ、そこから外れることに対して、

 心理的圧力や明確なサンクション(制裁)が周囲から本人へ、

 繰り返し日常的に与えられます。

 これによって、本人の行動ないし思考は、

 目標から大きく外れることなく、長期に維持される可能性が高い。

 こうした日々与えられる刺激が、モチベーションを支える「近接因」です。

 モチベーションを支えているのは、遠くにある目標そのものではなく、

 そうした目標を是とする集団に属していること、

 そのため目標から逸れないようひっきりなしに刺激が与えられること、

 そうした周囲を「外部足場」として利用できることです。



     →「奥いけ」は、「知識欲」が自然に生じるようなコミュニティにしていきたい

     →日本電産会長のの永守重信は、外部から与えられる刺激でやる気を出す人間 

      (燃料補給型)は、己の内側からやる気を出す「内燃型人間」にかなわないと

      語っているのは面白い比較である。ちなみに永守は、「内燃型人間」は100人中

      数名しかいないとも語っている。

     

 




・私の人間観はこれ(「強い自己」を理想とするもの)とは違っていて、

 人間ってもっと弱いものだろうと思うんです。

 高い目標を掲げても気分が高揚するのはごく短期間のことであり、

 モチベーションは日々の些細な出来事に左右されます。

 人間には体温を維持する機能はあっても、意思を維持する機能はない。

 だからこそ、モチベーションをマネジメントする様々な技術が必要になります。


     →みんなで励まし合いながら、ともに学び、刺激し、同期し合う。

      「奥いけ」をそのような「場」にしていきたい。

     

     →読書会の場において、他のメンバーから拙いコメントがなされると、

      それについて具体的な根拠を問うなど、

      事実上の詰問をしてくる者を見かけることがある。

      これでは、「心理的安全性」が確保できなくなり、

      気軽なコメントの応酬ができなくなってしまう。

      (そして最終的には、読書会参加へのモチベーションも低下してしまう)

       読書会は、正しさを競う場ではない。

      みんなでコミュニケーションし合う場であり、

      異なる見解にも耳を傾ける場であると考えている。

       能力や才能に恵まれた方こそ、他人の至らない点を批判するのではなく、   

      上手に指摘してあげて欲しいと願っている。

      そういった意味で、竹下登は稀有な政治家だったのではないか。




・書いてある情報を頭に入れることを読書や学習だと思う人は

 勘違いされていると思います。

 外国語を読む場面を想像するとわかりやすいですが、語彙や文法、背景知識など、

 自分の中にあるものを惜しまず差し出し、文章と思考を繰り返し往復してはじめて、

 書物に書いてあることを理解することができるからです。(中略)

 学習科学でも明らかですが、インプットとアウトプットは本来分けられません。

 コミュニケーションとは本来的に双方向的なもので、

 本を読むこと自体、あるいは学習一般についても同様ですが、一種の対話なんです。


      

      →読書会とは「対話の場」そのもの。

       しかしながら、対話というのは、

       双方向的なやり取りが担保されて初めて機能する点にも注意が必要。

      →三中信宏先生と読書猿さんの読書論には、通底しているものがあるのでは?

      →全ては「つながり合っている」。

       インもアウトも「つながり合っている」。



(出典)「中央公論」2021年8月号より




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