告知文「着眼と考え方 現代文解釈の基礎」読書会(第4回:文学的な文章の最終回)

前回は、文学的な文章の「Ⅲ構成・表現」について学んだ。

具体的には、作品の主題・作者の意図・文体解釈の三つに関し、

その捉え方を学んだ。


復習も兼ね、そのおさらいをしてみよう。


まずは作品の主題について。

これはその作品が結局、「何を」書こうとしたのかという

作品のメインテーマのことであった。

そして各パートが重なり合って、この主題を盛り上げていく

ということも学んだ。

(たとえば作品の主題が「別離の悲しさ」なのか、それとも「心の成長」なのかで、各パートが果たす役割も異なってくる)


次に、作者の意図について。

これは作品をこういうふうに書きたいという、

いわば作者の「たくらみ」だった。

そして、その作者の「たくらみ」は、キャラ達の発言・行動だけでなく、

表現の細部にまで影響を与えている点も学んだ。


最後に文体解釈

作者は、物語を展開させていく際、

その主題や意図にふさわしい表現を駆使していく。

神は細部に宿るがごとく、語彙の選択、文の長さ、叙述の順序、

等々に実に細やかな配慮が、そこには息づいているのだ。

さらにそれが作者の内側から出てくるものであるだけに、

表面からは伺いしれない内面的な特色までも、

文体に滲んでくるわけである。

そう。

​やはり、「文は人なり」なのである。

(うかつなことは書けないのだニャ〜)



今回の第4回は、文学的な文章の最終回。

具体的には、作者の発想想像力感覚について学んでいく。

その概要にふれてみよう。


まずは、作者の発想について。

ここでいう「発想」とは、創作にあたっての作者のベースとなるもので、

意識の底に潜んでいるものを指しているようだ。

こういう作品にしたいという、意識的な意図を駆動させる、

作者にとってやむにやまれぬ一種の衝動とも言えるものである。


次に、作者の想像力について。

ここでいうところの「想像力」には注意が必要だ。

でたらめな噓八百を並べたてることではない。

フィクションではあるんだけれど、

そこには現実よりも真に迫っているリアリティが感じられないと

小説というジャンルは成立しないのだ。


いわば単なる事実よりも、もっと事実らしい世界を創り出す。

そういった作者の力量を指している。


最後に作者の感覚

感覚という語は分かるようで、いまいち不明瞭な言葉である。

そこで小説という表現形式と、

一方で対になる評論文という型式とを比較すると

分かりやすいかもしれない。


論理を駆使し、ある命題について説得的に論証を

展開していくのが評論文だとしたら、

小説の方は、キャラ達が織りなす物語世界を描写していくという

手法で読者に訴えていく。


ここで注意が必要なのが、小説という表現形式が持つ限界である。

映画やマンガと比較してみると分かりやすいかもしれない。

たとえば視覚情報ひとつとっても、映画などではビジュアル的に表現できるのに対し、

小説はそこまで細部に渡って事細かに表現するわけではない。

ある程度は、読者側の抱くイメージに依存せざるを得ない。


だからこそ作者は苦心して、

読者を作品世界にいざなうべく、

イメージのすり合わせを仕掛けてくるのである。

つまり、現実世界に生きる読者を

作者が想像した世界に引き込むためには、

感覚やイメージにおける読者との感応が不可欠なのだ。


先ほど、想像力のところで、

「リアリティが感じられないと小説は成立しない〜」と述べた。

ウソである創作世界に血を通わし、読者にとっての、

「有り得べきもうひとつの世界」を打ち立てられるかは、

この作者の感覚いかんにかかっているのである。


以上で、

作者の発想想像力感覚について、簡単に述べてみた。


正直、難易度が高すぎて、もはや基礎ですらない。

どうして、ここまでやる必要があるの・・・。

と思ってしまう。


と同時に、実はどうしても某アニメの一場面が、

ふと脳裏に浮かんできてしまうのである。


それは、あの「ファースト・ガンダム」(正式名称は別)。

第39話において、ジオン公国の総帥ギレンが、

木星帰りのニュータイプであるシャリア・ブルにこう語るのだ。

「君のことは君以上に私は知っているぞ」と。


「作者以上に作品のことを知悉している」。

これは批評の世界において、達成しようとしてもできない、

見果てぬ目標なのかもしれない。

(正解というものが存在し得ないから)


この本は受験参考書なので、もちろん解答例が与えられている。

受験参考書の良いところは、

正解とそこに至る考え方が明記されてある点である。

入試一般に言えることだが、正解に至る基準・根拠を明らかにしなければならない以上、

いい加減なことが書けない世界なのだ。


そして、答えのないこの現実世界に立ち向かうには、

まずは答えのある分野で経験値を積み重ねていく必要がある。

いわば「知の先人」が残してくれたもので修練してはじめて、

真っ暗闇な道なき道に立ち向かえるのである。

(RPGの序盤で道具を揃えていくイメージか?)


この回で、詩歌を除く、文学的な文章を終わらせたことになる。

(締切のある会読型式の絶大な効果ですね〜)


私たちは、作品の善し悪しを語る「文芸批評」の入口付近にまで、

なんとか到達できたのかもしれない。

願わくば、「作者以上に、その作品の良さを語れる読者」に

なりたいものだ。



​最後になるが、

次回からは、論理的な文章を取り扱っていく。

この読書会にまだ参加していない方にとっては、



途中参加しやすい絶好のタイミングである。

この機会に是非、遊びに来てほしい。


論理的な文章の読解力は、

「独学の土台」に直結してくるのだから。




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