• すず

告知文『やさしい文学レッスン「読み」を深める20の手法』(小林真大、雷鳥社)

皆さんは、「ヤバい」・・・。


そう、

「ヤバい」というセリフを口にしたことがありますか?


好きな小説などを語る際、

その作品の何がいいのか上手く表現できなくて、

つい出てしまう言葉。

それが「ヤバい」。


その「ヤバい」と思わせるものの正体を明らかにし、

そして自分の読みの解像度を上げる。


この二点を意識して今回選んだのが、

『やさしい文学レッスン 「読み」を深める20の手法』

(小林真大、雷鳥社)。


小説家たちは、

己が創作した作品世界という「沼」に

読者を引きずり込むべく、

それこそ身命を賭して一語一語表現しているわけです。

決して、直感だけに頼って書いているわけではありません。


小説には、どのようなテクニックが使われているの?

それらが持つ効果や役割は一体何なの?


本書ではそれらについて、20の手法に整理し、

とても分かりやすく説明してくれています。


ここで、

好きなものを好きなように読めばいいじゃん。

というツッコミがあるかもしれません。


なるほど。

自由に楽しんだ方が、一見すると良さげに思えます。

しかしながら、それでは、

その作品の隠れた良さを見逃してしまう可能性があるんです。


なぜならば、人間の知覚は一過性の儚いもの。

そして人間の感性というものは、

曖昧で頼りないものだからです。


その意味で、

小説をとことん味わうには、

表現技巧を知り、

さらにある程度の読解スキルが必要なのは確か。


そうなんです。

「楽しむ」と「読む」の二つは、

「理解」を媒介にし、

相互に影響し合っているんです。


さらに読解スキルとは、作品世界の解像度を上げるもの。

そこから推論すれば、 私たちを取り巻く現実世界の解像度を 上げることにもつながっているわけです。


つまり読みのテクニックは、

世界に対する認識の一端である

という指摘もできるのです。


そして最終的には、 

作品世界に向き合った一つひとつの経験が、

苦しい時も悲しい時も、

あなたのそばに寄り添ってくれる。

そんな、かけがえのない存在にまでなってくれるわけなんです。


ドイツ文学者の高橋義孝は、

文学の特性を次のように述べております。


「作品の中の諸人物やいろいろの問題は、

作中そのものは終わってしまっても、

そのままわれわれの現実の中に入ってきて、

われわれの現実の一片として生き続けて行くことができる」と。

(注1)



ここで、以上述べたことと関連があると思われる セリフを紹介して終わりにします。


「活字の海を渡るには

    自分の船が必要だ…」(注2)




(注1)本書P314

     (原典は、高橋義孝『文学非芸術論』P151)

(注2)『せんせいのお人形』① P99

     (藤のよう、KADOKAWA)




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