開催レポート「着眼と考え方 現代文解釈の基礎」読書会(第三回目)

更新日:1月27日

2022/01/23 ★『走れメロス』太宰治~1主題を掴む~

〇読んだ感想 ・時代を感じさせる表現もあるが、単純にいい作品だなと思った。ジャンプみたい。 ・小学生5年生の頃、学芸会でやったことを思いだした。舞台の脚本のようなシンプルな文

 体で、わかりやすい。わかりやすいからこそ、誘導されるがまま読んでしまう。そこが太

 宰のうまいところだと思った。

  (ちなみに親友セリヌンティウス役だったので劇中ずっと磔にされており、

  メロス役と殴り合ったうえセリフが二つしかなかった・・・) ・暴君ディオニスが改心した描写について、暴君が単純すぎないかと思った。 ・現代の作品においては「逆張り」が流行っているので、逆にメロスの単純なストーリーが

 新しく感じた。 ・単純明快すぎて、太宰らしくないと思った。

・暴君ディオニス寄りで、他の作品のような屈折感を感じさせない書き方をしている。 ・友情と信頼の良さを描いており、それが主題だと思う。そこまでリアリティを感じさせな

 いように敢えて書いているのではと思った。わざと分かりやすく書いているのでは? ・太宰の「ロマネスク」という作品と同様に、太宰の作品によくみられる屈折を感じない。

 太宰は、敢えてつらいことを演じている人なのではと思った。 ・太宰と三島は似てる部分があるのではと思った。

・敵方の暴君が主人公の理解者になっていくのは、「週刊少年ジャンプ」のマンガのよう

 で、その源流のひとつなのかもしれないと思った。 ・描写が「第三者の視点」となっており、このシーンにおける群衆の一人から見た視点と

 オーバラップしてくる。それが、最終盤における暴君ディオニスの改心の場面に結びつ

 き、読者は群衆たちのひとりとなって(群衆たちと一緒に)、「メロス万歳!親友セリヌン

 ティウス万歳!そしてディオニス万歳!」と心の中で喝采をあげてしまう。

 そんな効果へとつながっているのではないか?

文中にある「男らしい友情」という表現について。友情という普遍的なものに、男性らしい、女性らしいはあると思うか。 ・男らしい友情という表現。このような友情のかたちを時代的に男らしいと捉えていたので

 はと思いながら読んでいた。殴り合うという描写も時代を感じた。 ・太宰の他の作品だと主人公は女々しい。太宰自身は男らしく生きられたらどんなにいいだ

 ろうかと思っていたのでは。メロスでは当時の社会における理想的な男性像を書いていた

 のではと思った。 ・殴る殴られるという描写について。罰があるから救済されるということを主題としている

 からこその描写だったのかも。 ・「走れメロス」のクライマックスの部分部分がカタルシスの連続になっている。それらが

 この作品の主題をいやがうえでも盛り上げており、意図したうえでカタルシスを強調して

 書いているのではと思った。 ★『こころ』夏目漱石~2意図を解釈する~

読んだ感想 ・高校の教科書に載っていて、改めて読んだ。自己中心的な「私」について酷いと思った

 が、自分にもそういった要素があると思った。 ・高校生の頃に読んだ当時はKがなぜ自殺したのかわからなかったが、改めて読んでみる

 と、Kが自殺した理由が理解できた。    →Kが自殺した理由がわかるようになったのは、それだけ人生経験を積み重ねたうえ 

    で成長したということなのかも。

・この参考書には「人物の行動や発言に注意し〜」とあるが、「私」の「助かった」という

 ところが一番印象的だった。 ・高校の時に読んだ感想と全く違う。社会人になった経験を踏まえるとKの気持ちがすごく

 よくわかる。「私」への接し方について共感するところがある。 ・「K」と「私」が自殺するのは理屈としてわかる気がする。「K」を裏切っただけでなく、 

 人を誤魔化さないという自分の信念も裏切ったということで、これは人間性が崩壊するな   

 と思った。シビアな人間関係の裏切りを書いていると思った。 ・「K」と引き換えにしてまでお嬢さんが大事だったのか。そんなに熱烈に愛していたという 

 印象がない。いわば弱い動機で「K」を追い詰めてしまっている。 ・お嬢さんの意思は?と思った。「K」とのことしか考えていないのでは?

 お嬢さんにとってはいい迷惑。 ・現代人(ビジネスマンとか)と比べると、「私」が抱いていた罪悪感すら抱かない人もい

 るんじゃないかなと思った。

「K」が遺書にお嬢さんのことを書かなかったのはなぜだと思うか。 ・人間は追い込まれると逆に強がってしまいがち。辛すぎることをあえて隠そうとする傾向 

 がある。貧困問題とかでも通じる部分はある。日本人は割とそういうことを美徳と思うと

 ころもあるのでは。 ・もしかしたら話し合ったら友情が駄目にならなかったかもしれない。

 「K」と「先生」はもっと喧嘩するべきだった。 ・言いたいことを言わないと破滅的に別れる。 ・「K」の遺書をわざと目につくように置いたところに計算高さ、いやらしさを感じたが、

 この「わざと」という文言を入れ、その後に「襖にほとばしっている血潮をはじめて見た

 のです」という描写を続けた点に、作者の意図が感じられる。

★『こぶしの花』堀辰雄~3文体を解釈する~

読んだ感想。特にどんな文体で表現がされていたか。 ・文章のつくりという点でいうと、一人称が僕。登場人物は僕と妻。

 妻の内面については直接的には書かれていない。 ・ぼくが何をみてどう思ったのかをビジュアル的な描写で描いている。具体的に何を見てい

 るのか。そして妻が何て言ったか。春の景色(花が咲いている)と夫婦のささやかな幸せ

 を描いている。 ・前半は会話体が多く、使われている語彙も「ささやかな」ものばかり。

 ところが物語終盤の想像の世界に入ると、一転して「くっきりと立っている姿」「しずく

 のようにぽたぽたと」などと急に活き活きとハッキリした表現に変化した特徴がある。 ・何気ない会話文で話が進んでいく話はよくある。普段は流して読んでしまうが、細かく文

 章を細かく読んだことがなかった。文体の解釈まで気にして読んだことがなかった。この

 何気ない会話が読後の印象や主題にふさわしい文体になっている。 ・(『仕事と人生に効く教養としての映画』(伊藤弘了)という本を紹介したうえで)、

 作品における「間」や「抑揚」には作者の意図が含まれている。それは文学作品における

 文体にも同じことが言える。いかに自分がいままで見逃してきたかと思った。「速読」に

 はデメリットもある。 ・妻の描写もあくまで主人公目線だなと思った。 ・本当は妻と会話したいのに上から目線で言ってしまう主人公について。こういう人間には

 なりたくないなと思った。 こぶしの花はこの作品の中でどのような役割を果たしているか。 ・普段は見落としがちな「ささやかな幸福」を比喩しているのでは。 ・世代によってわかり方が違うと思うが、千昌夫の「北国の春」という歌がある。歌中では

 「こぶし咲く、あの〜北国の♫」と唱われており、目には見えないけど、でも確かに感じ

 られる「微かな季節の移り変わり」の象徴になっている。 ・文化的な風習で、こぶしの花が咲き始める頃に田植えを始めるということがあるそう。

  →北海道ではフキノトウが春の始まりのイメージ。 ・住んでいる地域や年代などで、こぶしの花でピンとする人としない人がいるのかも。

全体を通した感想


・参考書を下敷きにして読むと理論的に読めて面白かった。 ・皆さんの考えが聞けて面白かった。 ・文中にあった「文体は作者の性格が見えてくる」というのは怖いなと思った。

 SNSに投稿するときは気を付けようと思った。 ・自分で考えて分からないことを他の人の意見を聞いてわかるようになる、気づきがあると

 いうのが読書会の醍醐味だと実感できる会だった。 ・自分ひとりでする読書しかしてこなかったので、他の人と意見を共有して、想像の余地を 

 広げられる読書会はすごく良いと思った。 ・わからないという感想も共有できるのも読書会のいいところだと思った。

・「読書会で何を話せばいいかわからない」とよく言われるが、コメントに困ったら、この

 参考書で書かれている内容に基づいてコメントすれば良いと思う。

 読書会未経験の方にこそオススメの本だと思う。


以 上


(注)今回の読書会で(各参加者のコメントをメモする)「レコード担当」だったtamakiさんのおかげで、コメントを再現できました。この場を借りて感謝申し上げます。




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